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大阪地方裁判所 昭和34年(行)44号 判決

原告 加茂栄三

被告 大阪国税局長

訴訟代理人 今井文雄 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告が原告に対し昭和三四年三月二四日付でした、譲渡所得税ならびに加算税に関する審査請求を棄却する決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のように述べた。

「一、訴外布施税務署長は昭和三三年九月一七日、原告の昭和三〇年度の所得税に関し、所得金額八、三八七、七八〇円、無申告加算税額二、一三一、五〇〇円とする旨の決定をした。原告はこの決定に不服であつたから同年一〇月二日布施税務署長に対し再調査の請求をしたが同年一二月八日に却下された。その間同年一〇月一四日に布施税務署長はさきの決定による所得税額を八、五二六、二三〇円と訂正する決定をした。原告は、再調査請求が却下されたので、同年一二月一七日被告に対し審査の請求をしたが、これも昭和三四年三月二四日に棄却され、同年同月二七日その旨の通知を受けた。

二、原告の審査請求を棄却した被告の処分は以下に述べるような理由で違法である。

(一)  布施税務署長は、原告が昭和三〇年七月八日に訴外近鉄不動産株式会社(以下近鉄不動産という)との間で、原告所有の別紙第一物件目録記載の土地(以下第一の土地という)と、近鉄不動産所有の別紙第二物件目録記載の各土地(以下第二の土地という)との交換契約を締結した(同三一年七月一六日にその旨登記を経由した)ことにより、原告に譲渡所得があるとして本件課税処分をしたものである。

(二)  しかしながら、原告の右交換契約の相手方は近鉄不動産ではなく、近畿日本鉄道株式会社(以下近鉄という)であつて、本件については改正前の租税特別措置法第一六条の規定が適用されるべきである。

(1)  近鉄は土地収用法第三条にいう公共の利益となる事業である地方鉄道を経営する株式会社である。同社は明治四三年、大阪電気鉄道株式会社として創立されその後参宮急行電鉄株式会社、関西急行電鉄株式会社、関西急行鉄道株式会社、大阪鉄道株式会社をそれぞれ吸収合併して現在の近畿日本鉄道株式会社と商号を改めたものである。これら各会社はともに土地収用法第三条にいう公共の利益となる事業である地方鉄道を経営するもので、現行土地収用法第二〇条の規定により第一号ないし第四号に該当するものとして事業の認定をうけ、土地を収用または使用してその事業を経営してきたものである。

(2)  ところで、近鉄は、昭和二九年から三一年にわたり上本町―布施間の複々線工事を実施することになり、布施駅の南側に同駅拡張用地の必要があつたので、昭和二九年以降原告に対して第一の土地の買収の交渉をしてきた。原告は、布施市、ことに布施市の中心部に位置する布施駅前附近の地域が、当時めざましい発展をしていて日ましに地価が高騰していたことや、あるいはこの土地が原告の先祖伝来の土地であつたことなどの関係から、この土地を手離すことを好まず、容易に近鉄の要求には応じなかつた、けれども、近鉄としてみれば、当時交通量が激増しているときでもあり、それに対処すべく、施設の改善の一環として鉄道路線ならびに布施駅構内の拡張工事は緊急を要することがらであつたので、同社は前の布施市長である塩川正三らに委嘱して原告を説得するなど、あらゆる手段を尽くして原告の飜意を求めた。そこで、原告としても、布施市の将来の発展と、公共事業の重要性を考え、ついにこの土地を手離すことを決意した。そして、塩川正三、加茂庄三郎、および、近鉄の傍系の会社であつて、近年近鉄が土地を収用または使用するにあたつて用地の買収を担当していた会社である近鉄不動産らの斡旋によつて、近鉄との間で原告所有の第一の土地と、近鉄所有の第二の土地(名義上は近鉄不動産の所有であるが、実際は近鉄の所有であつた。現に、交換後は第一の土地は近鉄が使用している)とを交換することに同意し昭和三〇年七月八日に交換契約を締結した。その後昭和三一年七月一六日その旨所有権移転登記を経由した。この交換にあたつては当事者間で一切金銭の授受はなく、いわゆる坊主替えであつた。

(3)  以上のように、本件交換契約の相手方は近鉄であつて、同社は土地収用法第三条にいう公共の利益となる事業である地方鉄道を経営する会社で、公益上の必要があるときはいつでも起業者として土地収用法第二〇条の事業の認定を受け、本件第一の土地を収用しまたは使用することができるのであるから、本件交換契約については改正前の租税特別措置法第一六条の規定が適用されるべきである。よつて、本件交換契約にかゝわらず、土地の譲渡はなかつたものとみなされるから、原告には譲渡所得は発生しない。

(三)  次に、本件交換契約はいわゆる坊主替えすなわち等価物の交換契約であるから、原告には第一の土地の譲渡による所得はない。

(1)  原告が本件交換契約によつて取得した第二の土地の価額の合計は、二九、五二一、七〇〇円、これに相手方の負担した不動産取得税四二六、〇六〇円を合算した二九、九四七、七六〇円が右交換契約による原告の収入金額であることは、布施税務署長、および被告の決定のとおりである。

(2)  原告所有の第一の土地の価格は、少なくとも二九、八五〇、〇〇〇円を下らない。実際にはこの価額をはるかに上まわつている。

(3)  このように、本件交換契約は等価物(原告所有の第一の土地の価額が、第二の土地のそれを上まわることはあつても、それ以下では決してない)を交換したのであるから、原告は第一の土地を譲渡したことによつてなんら所得を得ていない。

三、以上述べたように、原告は本件交換契約によつては譲渡所得税を課せられる理由はないから、布施税務署長のなした本件課税処分は違法であり、したがつて原告の審査請求を棄却した被告の決定もまた違法である。よつてその取消を求める。」

次に、原告は被告の主張に対して次のように述べた。

「一、被告主張事実のうち、本件交換契約による原告の収入金額が合計二九、九四七、七六〇円であること、原告は昭和二〇年二月二三日に第一の土地を相続取得したこと、資産再評価の基準となる、第一の土地の賃貸価格が八七五円六〇銭であること、この土地については昭和二七年一二月三一日以降設備費、改良費の支出はなく、譲渡に関する費用が三〇〇、〇〇〇円であること、原告の昭和三〇年度の所得として不動産所得六四、八〇〇円、給与所得四一三、六八五円があること、諸控除が一六七、五〇四円であること、昭和三〇年中に原告が支払つた所得税の源泉徴収額が六一、七五〇円であること、および近鉄が本件土地を取得するにつき、土地収用法による起業者として事業の認定を受けていないことは認める。

二、被告は、交換契約の相手方は近鉄ではなくて近鉄不動産であると主張しているが、これは実質を見ない形式的な議論であつて不当である。

課税は公平、明瞭、確実、普遍を旨としなければならない。したがつて、実態に応じて、経済的利益を受けた者に課税される。実質課税の原則がこれである。所得税法第三条の二は明文をもつてこのことを規定している。信託利益の課税を定める同法第四条一項、営業所の所得の帰属の推定を定める同法第四六条、同族会社の行為また計算否認を定める同法第六七条もまた同様の趣旨に出ずるものである。利子所得、配当所得、不動産所得または譲渡取得などの資産所得については、経済的な実質が明らかでない場合に名義課税が行われることはあるが、これは例外的な措置であつて、もとより実質によつて覆すことができる。

要するに、所得税法第三条の二は実質課税の原則を宣言するものであり、この趣旨はひとり課税されるべき者の決定標準として適用されるに止まらず、本件交換契約の当事者を判断するについても同様に適用されるべきものである。

なるほど近鉄と近鉄不動産とは法人格を異にする別個の会社であるには相違ないが、実質的な内容は同一体である。すなわち、近鉄不動産の株主は全部近鉄であり、一般には企業所有と企業経営が分離して株主は経済的には共同企業者的な性格を喪失し、単に投資家的性格を有するにすぎなくなつているが、近鉄不動産の場合は、近鉄がその企業経営権を一手に掌握し近鉄不動産の取締役は全部近鉄の取締役中から選任されていて、同社の業務執行権限は全く近鉄に属している。この点からいつて、近鉄不動産の本質は近鉄と異なるものではなく、両者は別個の存在でないといつてよい。しかも、第一の土地は近鉄において複々線建設のための路線、駅舎、布施駅前広場拡張用地として取得したものであり、現に同社が布施駅構内プラツトホームならびに路線用地としてこの土地の約三分の一を使用しているのである。

以上の事実からすれば、第二の土地は形式的には近鉄不動産の所有名義であつたにかゝわらず、その実質は近鉄の所有であつたというべきであり、したがつてまた、同社は、布施駅前拡張等の敷地獲得のために、その傍系会社たる近鉄不動産名義をもつて原告との間で本件交換契約を締結したもの、すなわち交換契約の当事者は近鉄であつたというべきである。

かりに、第二の土地が実質的にも近鉄不動産の所有であつたとしても、交換については売買に関する民法の規定が準用され、他人の物を目的とする交換契約も有効になしうるのであるから、近鉄が近鉄不動産所有の第二の土地を交換の目的として本件交換契約を締結したと解してよく、契約の当事者が近鉄であるとすることゝなんら矛盾するものではない。

三、原告所有の第一の土地の取得価額が再評価後において一、七五一、二〇〇円であるとの被告の主張は争う。さきに述べたように、本件交換契約は等価物の交換である。

原告所有の第一の土地の価格は、鑑定人佃順蔵、橋本徳平、中西兵二等の鑑定によれば二九、八五〇、〇〇〇円と評価されている。実際の価格はさらにこれを上まわることは顕著な事実である。

たとえば、第一の土地の近傍の類似の土地を、三和銀行が坪一、〇〇〇、〇〇〇円で買い受けた事実がある。また布施市都市計画街路事業(足代―御厨線)のために布施市長は、原告所有の布施市長堂一丁目一〇八番地宅地三二四坪三合九勺のうち一六八坪六合七勺を収用するため建設大臣に裁定を求め、なお土地収用によつて生ずる損失の補償に関し土地収用法の規定により大阪府収用委員会に裁決を求める申請書を提出しているが、これに添付された書類「収用土地損失補償調書」によると、右土地の評価額を坪当り単価一三三、三三四円と評価し、たとえば右土地の借地人喜多三郎に対してはわずかに一九坪九合四勺の面積につき、右評価額の六〇%にあたる二、七九一、六〇〇円、土地所有者である原告に対しては四〇%にあたる一、八六一、〇六六円、借地人岸田芳春については三五坪一合七勺につき評価額の六〇%にあたる四、八三〇、二四七円、土地所有者である原告に対しては四〇%にあたる三、二二〇、一六四円を補償額としている。

原告が交換に供した第一の土地、三八九坪を前記三和銀行の買受単価である坪当り一、〇〇〇、〇〇〇円として評価すれば実に三九八、〇〇〇、〇〇〇円となり、前記収用による損失補償の場合の布施市の主張の評価額である坪当り二三三、三三四円で計算しても第一の土地の価格は九二、八六六、九三二円となる。この地価はいずれも昭和三五年頃の相場であるから、本件交換契約当時である昭和三〇年七月の相場をかなり上まわることは原告においても認めるところであるが、この間の地価の上昇率をかりに五〇%としても、なお昭和三〇年七月当時の価格は前者の評価によれば一〇九、〇〇〇、〇〇〇円、後者の評価によつても四六、四三三、一一六円となる。

由来、都市計画事業のような典型的な公共事業のために土地を収用する場合には一般取引価格よりもかなり低い価格の補償額で収用するのが普通である。したがつて、前記布施市都市計画事業のために収用される場合の損失補償額の評価基準は一般取引価格の基準をかなり下まわると考えられ、これによつた評価額よりもさらに低い二九、八五〇、〇〇〇円という、前述鑑定人の評価額は第一の土地の評価としてはむしろ低すぎるくらいであるといつてよい。第一の土地が少なくともこれ以上の価格を有することは明らかな事実である。

取得時期の古い資産についてはその取得価額、設備費、改良費は戦時戦後を通じてのインフレーシヨンによる物価変動に伴い貨幣価値の下落の影響をまぬかれず、その各目価格は現在の物価に比較してみるとかなり低い金額となることは明らかである。したがつて、取得時期の古い資産についての譲渡所得の計算を所得税法の規定するように譲渡による収入金額からその資産の当初の取得価額、設備費、改良費、譲渡に関する経費を控除するという方式でなされるならば、その差益が実質的または単なる名目的所得のうちに含まれる名目的な所得についてまでも所得税の課税を受けることになり、売却資産の実質的な資産減少を余儀なくされることになる。それで、資産再評価法は資産につき譲渡、贈与、または遺贈があつた場合にその資産につき、基準日前に支出した取得価額などの再評価を強制し、再評価後の価格をもつて譲渡所得計算上の基準日前に支出された取得価額におきかえることによつて譲渡所得に対する課税の適正化をはかつているのである。このように、資産の譲渡に対する課税は、いずれにせよ資産の譲渡によつて利得が生じたことを前提とするのが原則である。原告は第一の土地を、これと全く対等の価格を有する第二の土地(少なくとも第一の土地より高額ではない)と交換したのである。」

被告は主文と同旨の判決を求め、次のように答弁した。

「一、原告主張の請求原因一、および二、(一)の各事実は認める。同二、(二)のうち、近鉄が土地収用法第三条にいう公共の利益となる事業である地方鉄道を営む会社であること、同社はもと大阪電気軌道株式会社として創立され、その後参宮急行電鉄株式会社、関西急行電鉄株式会社、関西急行鉄道株式会社、大阪鉄道株式会社をそれぞれ吸収合併し、現在の近畿日本鉄道株式会社と商号を改めたもので、これら各会社はともに土地収用法第三条にいう公共の利益となる事業である地方鉄道を営むものであつて、現行土地収用法第二〇条の規定により第一号ないし第四号に該当するものとして事業認定を受け土地を収用または使用してその事業を経営してきたものであることは認める。本件第二の土地が近鉄の所有であつたこと、同社が本件第一の土地を現に使用していること、同社が本件交換契約の相手方であることは否認する。近鉄が昭和二九年から三一年にわたつて上本町―布施間複々線工事を実施するに際し、布施駅南側に同駅拡張用地の必要を認めて昭和二九年以降原告に対し用地買収の交渉をしてきたこと、近鉄不動産が近鉄の傍系会社として近年近鉄が土地を収用または使用するにあたつて用地買収を担当していること、および、本件交換契約が締結されるに至つた経緯は知らない。後に述べるように本件交換契約の当事者は原告と近鉄不動産であり、第二の土地は同社の所有である。

二、本件課税処分の理由は次のとおりである。

(一)  原告は、昭和三〇年七月八日、近鉄不動産との間に、原告所有の第一の土地と、近鉄不動産所有の第二の土地とを、交換に際し原告が負担すべき不動産取得税は近鉄不動産が支払うとの条件で交換する契約を締結し、同三一年七月一六日その旨の所有権移転登記を経由した。

(二)  ところで、原告が交換により取得した物件(第二の土地)の価額は合計二九、五二一、七〇〇円であり、これに近鉄不動産が支払つた不動産取得税四二六、〇六〇円を加算した(本来ならば原告が負担すべきものを、契約により近鉄不動産が負担することにしたのであるから、原告は同税額相当の利益を受けており、不動産の譲渡による収入として加算されるべきものである)合計二九、九四七、七六〇円が原告の第一の土地を譲渡したことによる収入金額である。

これに対し原告の第一の土地の取得価額は再評価後において一、七五一、二〇〇円である。すなわち、(1)この土地は原告が昭和二〇年二月二三日相続によつて所有権を取得したものであるから、資産再評価法第九条により昭和二八年一月一日に再評価を行なつたものとみなさる。(2)この再評価額は、該土地が財産税調査時期(昭和二一年三月三日午前〇時―財産税法第一条)以前に相続取得された個人所有にかゝるものであるから、財産税評価額を四〇倍した金額である(同法第二九条一三号、第二一条二項、別表七)。そしてこの財産税評価額は賃貸価格(地租法―昭和六年法律第二八号に規定する賃貸価格)八七五円六〇銭に財産税評価基準による評価倍数(五〇倍)を乗じて計算した四三、七八〇円であるから、再評価額はその四〇倍、一、七五一、二〇〇円となる。

算式 875円60銭×50×40=1,751,200円

次に、原告は、第一の土地につき、昭和二七年一二月三一日以降、設備費、改良費の支出はしていないが、譲渡に関する経費として昭和三〇年五月頃、樋口熊吉に地上物件立退費用三〇〇、〇〇〇円を支払つている。

(三)  資産の譲渡による所得金額の計算については、その年中の総収入金額から、当該資産の再評価後の取得価額と、昭和二七年一二月三一日後に支出した設備費、改良費、および譲渡に関する経費との合計額を控除した金額による(所得税法第九条八号、第一〇条の四、二項)。そうすると、原告の譲渡所得金額は二七、八九六、五六〇円となる。したがつて、その課税標準金額は一三、八七三、二八〇円(27,895,560円-150,000円)×50/100=13,873,280円)である(所得税法第九条八号、第一〇条)。

(四)  原告には昭和三〇年度の所得として右以外に不動産所得六四、八〇〇円、給与所得四一三、六八五円があるので、これを前段の金額に加算した一四、三五一、七六五円から諸控除一六七、五〇四円を差し引いた一四、一八四、二〇〇円が原告の昭和三〇年度の課税所得金額となる。これに所定の税率を乗じて得た税額八、五八七、九八〇円からその年中に支払つた源泉徴収税額六一、七五〇円を差し引くと八、五二六、二三〇円となる。この額が布施税務署長のなした本件課税処分の所得税額である。

三、(一) 原告は、本件交換契約の相手方は近鉄不動産ではなく、近鉄であると主張し、第二の土地も登記簿上の所有名義にかゝわらず近鉄の所有であると主張するが、不当である。近鉄と近鉄不動産とは全く別個の法人格を有する株式会社である。本件交換契約の相手方は近鉄不動産であり、第二の土地は同社の所有である。そして、同社は土地収用法第三条所定の事業を営むものではないから、改正前の租税特別措置法第一六条の適用の余地はない。なお本件土地につき近鉄を起業者としての事業の認定がなされた事実もない。原告の二(二)の主張は失当である。

(二) 原告は、また、本件交換契約によつてはなんら利得を受けていないと主張する。しかしながら、交換の目的物として譲渡した物件の時価がいかほどであろうと、このことは譲渡所得の課税標準金額の決定については考慮されるべきことがらではない。譲渡所得の課税標準は、総収入金額から当該資産の取得価額、設備費、改良費および譲渡に関する経費を控除した金額によつて決定されるのである。また、この場合の収入金額は「金銭以外の物を以て収入すべき場合においては当該物の価額」とされる。このことは所得税法第九条八号、第一〇条一項に明文をもつて規定されているところである。

原告の主張は、譲渡物件の取得価額を物件の時価と解することに帰着する独自の見解であつて不当である。所得税法においては、個人が商品、農産物等営利のため売却する目的で所有する物以外の資産を所有し、価格の騰貴による差益がその年間に生じた場合でも、これに対して課税することなく、これを他に譲渡して差益が実現しまた実現したとみなされたときに、初めてその年分の所得とするのである。しかも、この差益の実現は金銭を得た場合に限らず交換により物をもつて収入した場合も含まれること明文上明らかである。譲渡所得税はその年の期首と期末の資産の増加分に課税するものではない。原告は第一の土地を久しく所有しつゞけていたゝめ価格の値上りによる経済的利益を享受したが、本件課税年(昭和三〇年)以前にはこの利得に対してはなんら課税されていない。これを昭和三〇年七月に有償で他に譲渡したゝめ、この利得(たゞし戦後のインフレーシヨンによる貨幣価値の下落による名目的な値上り分は排除されている)に対し、譲渡所得税が課せられたのである。原告の主張は、交換の時点のみを把えての立論にすぎず、所得税法上の「譲渡所得」の解釈にはそわない。

四、以上のとおりであつて、布施税務署長のなした本件課税処分にはなんら違法はなく、正当なものであるから、原告の審査請求を棄却した被告の決定は適法正当であつて原告の本訴請求は失当である。」

(証拠省略)

理由

一、原告主張の一の事実は当事者間に争いがない。

二、本件交換契約の相手方は近鉄であり、改正前の租税特別措置法第一六条の適用があるとの主張について、

改正前の租税特別措置法第一六条第一項によれば、土地等の譲渡がなかつたとみなされるのは、個人の有する土地等につき土地収用法等により収用があつた場合である。本件第一の土地について、近鉄が起業者として土地収用法により事業の認定を受けたことがないことは原告において認めるところである。そうすると、かりに原告の主張するように本件第二の土地の所有者が近鉄であり、したがつて交換契約の相手方が近鉄であつたとしても、本件交換契約は単に私法上の交換契約であるに止まり、土地収用法に基づく収用がなされたのでないことは明らかであるから、原告の主張はそれ自体失当である。

三、本件交換契約は等価物を交換するものであるから、原告には譲渡による所得はないとの主張について、

資産の譲渡による所得とは、その年中の総収入金額から当該資産の取得価額、設備費、改良費、および譲渡に関する経費を控除した金額をいうことは所得税法第九条八号(昭和三〇年当時のもの、以下同じ)が明文によつて規定するところである。すなわち、資産が時価によつて譲渡されたかどうか(この場合、資産の価額とその対価は等価である)、あるいは、資産が等価物(金銭を除く)と交換されたかどうかということは、譲渡による所得があつたかなかつたかを決定するについてはなんの意味もない。右の明文の規定から明らかにされるように、この場合は、資産の譲渡による総収入金額(金銭以外の物または権利をもつて収入すべき場合、すなわち本件の場合、当該物または権利の価額)と、当該資産の取得価額、設備費、改良費、および譲渡に関する経費のみが問題の主眼となるのである。原告の主張は、所得税法にいわゆる事業所得(同法第九条四号)の場合の所得計算の方法を譲渡所得の場合にあてはめて適用しようという趣旨に帰着し、譲渡所得に関する明文の規定に背くもので採用できない。原告の主張は所得税法上の譲渡所得の趣旨を誤解する独自の見解というの他なく、それ自体失当である。

四、右に説明したように、資産の譲渡による所得とはその年中の総収入金額から当該資産の取得価額、設備費、改良費および譲渡に関する経費を控除した金額である。

原告が本件交換契約により得た収入金額は、第二の土地の価額(昭和三〇年七月の交換契約当時の時価)の合計二九、五二一、七〇〇円と、不動産取得税(原告において本来負担すべきものを、交換契約の相手方が負担して支払つたことによる原告の利得)四二六、〇六〇円の合計二九、九四七、七六〇円であることは当事者間に争いがない(本件交換契約の相手方が近鉄であると近鉄不動産であるとにかゝわりない)。

次に、原告が第一の土地を昭和二〇年二月二三日に相続取得したことは当事者間に争いがない。そうすると、この土地については、資産再評価法により昭和二八年一月一日現在で再評価を行なつたものとみなされる(資産再評価法第九条)。したがつて、第一の土地について、所得税法第九条八号に規定する取得価額、設備費、改良費、および譲渡に関する経費とは、この土地の再評価額と昭和二七年一二月三一日後に支出した設備費、改良費および譲渡に関する経費の合計額をいうことになる(所得税法第一〇条の四、二項)。ところで第一の土地の再評価額は、これが財産税調査時期である昭和二一年三月三日午前〇時(財産税法第一条)以前に取得された個人所有の土地であるから、財産税評価額を四〇倍した金額である(資産再評価法第二一条二項)、この財産税評価額は、土地の賃貸価格(旧地租法による賃貸価額)に財産税評価基準による評価倍数を乗じて計算した価額である(財産税法第二五条)、本件土地の右賃貸価格が八七五円六〇銭であることは当事者間に争いがなく、財産税法第二六条、同法施行規則第二〇条により、財産税評価基準による評価倍数は、当該土地を所轄する国税局長がこれを定めるものとされているところ、成立に争いのない乙第二号証の一、二によれば本件第一の土地についての右評価倍数は五〇倍であることが認められるから、この土地の財産税評価額は八七五円六〇銭の五〇倍である四三、七八〇円となる。よつて第一の土地の再評価額は一、七五一、二〇〇円となる。

原告が第一の土地につき昭和二七年一二月三一日後支出した設備費、改良費はなく、譲渡に関する経費は三〇〇、〇〇〇円であることは当事者間に争いがない。

したがつて、第一の土地の譲渡による所得は収入金額二九、九四七、七六〇円から、その取得価額一、七五一、二〇〇円と譲渡に関する経費三〇〇、〇〇〇円との合計金額を控除した二七、八九六、五六〇円である。この金額から一五〇、〇〇〇円を控除した金額の一〇分の五にあたる一三、八七三、二八〇円が譲渡所得税の課税標準金額である(所得税法第九条第一項前文、同項八号)

五、原告には昭和三〇年度の所得としては、右に認定した譲渡所得のほかに、不動産所得六四、八〇〇円、給与所得四一三、六八五円があること、所得控除金額が合計一六七、五〇四円であること、原告が同年中に支払つた源泉徴収税額が六一、七五〇円であることはいずれも当事者間に争いがない。

六、そうすると、原告の昭和三〇年中の所得金額の合計は一四、三五一、七六五円となり、これから右の控除金額一六七、五〇四円を差し引いた課税所得金額は一四、一八四、二〇〇円(国等の債権債務等の金額の端数計算に関する法律第五条一項により一〇〇円未満を切り捨て)である。よつてこれに所得税法附則(昭和三〇年六月三〇日法第三四号)〈4〉の別表によつて読み替えられた所得税法第一三条所定の税率を乗じて計算した金八、五八七、九八〇円が所得税額である。

算式

25,000円以下      25,000×15/100=    3,750(円)

25,000~    75,000 50,000×20/100=   10,000

75,000~   135,000 60,000×25/100=   15,000

135,000~   250,000 115,000×30/100=   34,500

250,000~   400,000 150,000×35/100=   52,500

400,000~   650,000 250,000×40/100=  100,000

650,000~  1,100,000 450,000×45/100=  202,500

1,100,000~ 2,000,000 900,000×50/100=  450,000

2,000,000~ 3,000,000 1,000,000×55/100= 550,000

3,000,000~ 5,000,000 2,000,000×60/100=1,200,000

5,000,000~14,184,200 9,184,200×65/100=5,969,730

合計                    8,587,980

この金額から、原告が昭和三〇年中に支払つた所得税の源泉徴収額を控除した金八、五二六、二三〇円が原告の支払うべき差引所得税額である。

そして、所得税法第五六条(三項三号)によれば、本件の場合無申告加算税の税額は右所得税額八、五二六、二三〇円(所得税法第二六条三項八号に規定する不足額)に一〇〇分の二五を乗じた金額であるから、その金額は二、一三一、五〇〇円(前同様端数切り捨て)となる。

七、以上のとおりであつて、布施税務署長がなした本件課税処分は適法であるから、これに対する原告の審査請求を棄却した被告の決定は適法である。原告の請求は理由がない。よつて、原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 中村三郎 上谷清)

(別紙目録省略)

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